本当に大事なこと、本当に大切な存在?

昨日も幸せな一日でした。

毎日が幸せを感じる日々です。

嫁さんと、娘たちとの時間の大切さを日々噛みしめています。

なぜ、私が家族にこだわるかというと、
まず、生い立ちにあると思います。

両親が共働きで、小さいころは家にほとんどいませんでした。
おばあちゃんとおじいちゃんに育てられました。

良くしてもらって、可愛がってもらって、
幸せに過ごしていたと思います。

ただ、両親と遊びたい、両親と会いたいっていう気持ちは
常にあって、勝手に寂しさを感じていました。

とはいっても、ウジウジはしていなかったですけど。
明るい寂しさです。

小さいころに、会いたいときに親と会えないのが、
一番寂しいと感じたので、自分の娘たちには同じ寂しさを
味あわせたくないと思っています。

成長すると、親の存在って逆にウザくなります。
私の場合、中学生くらいになると、おばあちゃんもウザいし、
両親に会いたいとも、あまり思いませんでした。

でも、そういう時に両親がもめて、よく喧嘩していました。
仕事がうまくいってなかったらしく、仕事も変わってました。
妹には気づかせないよう、早く寝かせて、
喧嘩を聞かせないように気を使っていたのを覚えています。

そのウザいと思っていた時期に、おばあちゃんが死んで、
おじいちゃんは認知症がひどくなってきて、
母親は、仕事のかたわら、介護もして、
父親は、家から逃げ出して、私は協力もせず、
家庭は崩壊していました。

そのうちに、おじいちゃんも死に、両親が離婚してバラバラに。
妹はお父さん子だったんですけど、ギャンブル狂いの父親のもとにはいかず、
私たちと一緒に住むことになりました。

それと前後して、私は寮付の会社に就職して、
家には寄り付かなくなりました。

ただ、寮にはしょっちゅう母親がきていました。
必死に、家族をつなぎとめていたんだと今ならわかります。

勤めた会社も良くなかった。
商品先物取引の営業職です。

お金は沢山もらえました。
すぐに部下もでき、役職もつきました。
同期の中では出世頭でした。

朝7時に出勤、夜中まで仕事で自分の時間がない。
さらに、休みもない状態で、3カ月間休みなしとかざらでした。

それでも、同僚や部下たちと、寝る時間を削って、
夜の銀座がホームグラウンドで遊びまわりました。

そういう会社なので、上司たちも時間がなく、
ずっと会社にいたり、泊まり込んでたりで家に帰りません。

お金はあるので、モデルさんみたいな、
きれいな人と結婚するケースが多かったですが、
誰一人、幸せそうには見えないような状況でした。

ある側面、夜遊び歩いてという面では楽しかったでしょうけど。
家庭、家族との幸せという意味では、縁遠い状況でした。

そんな中、転勤先の尼崎で、阪神大震災が起こり被災しました。
震災直後の、神戸三宮の街はひどい有様でした。

消防車も、警察車両もついていない中、
私たちの営業車が一番に到着しました。

途中に、高速道路が落ちているところ、
崩れ去った町並み、そこでうごめく人々の群れ。

手元にある札束は何の役にも立ちませんでした。
消えかかる命の前には無意味でした。

本当に大事なことって、なんだ?

本当に大事な存在って、誰なんだ?

考えざるを得ませんでした。

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