昨日は朝イチで、お姉ちゃんと映画デート。

と言っても、プリキュアの映画ですが。

一緒に行くときは、私が保護者的に連れて行ってあげる、
お姉ちゃんも、連れて来てもらってる感では、楽しくないので、
私も一緒になって、友達感覚として観に行きます。

で、一緒になって楽しみながら、
プリキュアを応援しながら観てたんですけど…

私が、涙しました。

キュアラブリー、いいこと言うんですよ。

基本、前向きキャラなんですけど、
現状認識もできていて、しっかりと今からできる事、
やらないといけないこと、理解できていて、
無駄な努力とかしないんですよね。

それは効率よくとか、そういうことではなく、
行き先がわからない努力をしないというか、
行き先をキッチリ見据えて、頑張るんですよ。

それって、非常に大事で、頑張れば報われるとか、
努力すれば報われるって、半分ウソで、半分本当です。

行きつく先を見据えて、そこに向かって、
一直線にする努力は、報われる可能性が高い。

行く先もわからずに、人に言われるがまま、
ただただキツイことをしているのは努力ではなく、
タダの奴隷で、報われないんです。

でも、報われると信じて頑張ってしまう人ばかり、
それが、今の日本の姿です。

現状認識もとても大事で、
それができていない状態で、
ただ前向きな考えを持っているのって、
それじゃ、進歩の無い、ただのバカです。

今の自分の状態が、どういう状態で、
そこから考え得る、明るい未来に向かって、
手段を考え、それを頑張って一つずつ、
達成していくことができるかできないかだけです。

現状認識。

あなたは、誰かの奴隷ですか?
それとも、自身の力で自分の未来は変えられますか?

誰かに頼り、自分の人生を預けている人は、
誰かしらの奴隷と同じです。

その、奴隷だということを、認めて、
そこから先に、進めるかどうか?

それが、本当に人生を変えていく前向きな考えであり、
行動であるわけなんだけど、
現状を認めない人が多いので、何も変わらない。

自分以外の誰かに人生の舵を握られている = 奴隷
    ↓
自分は奴隷だと気付く ( 現状認識 )
    ↓
自分の人生の舵を自分に取り戻す
    ↓
自分自身で未来の人生を変えることができる

この現状認識、それができていないと、
その先には進めないんですよ。

まずは認めましょう。

キュアラブリーが言っていました。

みんな自分の中に幸せになるタネを持っているんだよ。
それに気づいて、頑張っていかないと幸せにはなれないよ。

キャラブリーは、
自ら行動を起こさないと、幸せになれないって、
子供たちにメッセージを送っていました。

頭の凝り固まった、大人を変えるより、
プリキュアや、仮面ライダーからのメッセージで、
頭の柔らかい子供たちの意識を変えていった方が、
未来を変えるのは、もしかしたら早いのかもしれませんね。

親の言葉より、キュアラブリーの言葉が、
子供の心に響くとしたら、親として情けないですけどね(笑)

映画

映画 青天の霹靂は、頑張るぞって思える、いい物語。

まず、劇団ひとり監督、とってもいい映画を撮ったね。
たくさんの笑いと、一粒の涙の物語という宣伝文句でしたが、私はボロボロ泣きました。

面白くて、感動して、そして、元気をもらえる映画です。

主人公の大泉洋は、40歳でうだつの上がらないマジシャン。
独身で、夢も希望もない、惨めな生活を送ってきたせいか、
世の中を拗ねてみていて、自分の人生はこんなものかと、あきらめている。

私も、数年前までそんな感じだったので、
とっても、その気持ちがわかるんだよな~
年を取っていく中で、何も変わっていかない人生。

頑張ってたつもりなのに、一向に良くなっていかない状況に
人生の諦めも入りまじり、何のために俺生きてるんだ?
そんなことを考え始めると、もうなにも頑張れなくなる。

そして、自分の人生を、親のせいにする。
親が悪いから、自分の人生が良くないんだと…

そんな彼が、ふとしたきっかけで、
40年前の世界にタイムスリップしてしまう。

1973年の浅草が舞台。
ちょうど、私の生まれた年で、
私が生まれたころは、浅草もこんなに賑わっていたのかと、
賑わいが終わろうとしている浅草が描かれている。

そこで、自分の親たちに会って
自分が生まれるまでの騒動や、父親母親の想いを
目の当たりにしていく中で、主人公は自分の人生に希望を見出していく。

そして、親の想いを直接感じることで、
俺はいったい何をやってるんだ?
まだまだ、頑張らないとって生きる力を奮い立たせていくわけです。

そして、自分を生んでくれてありがとう。
育ててくれて、ありがとうって、改めて思うんですよ。

自分を生む直前の母親に向かって、
「あなたの存在が、僕の生きる理由です」
そう、告げる場面、もう涙が止まりませんでしたよ。

自分が生まれるとき、生まれた直後、
親は、どんな思いだったんだろうって、
あらためて考えさせられました。

私は娘が生まれたとき、すごく嬉しくて、
娘のためなら、何でもやってやろう、そのために頑張ろうって思いました。

であれば、私の親も、私が生まれたときに、
そう思ってくれてたんだと思うんですよ。

そんなこと、今まで考えたことなかったけど、
今回の映画を観たことで、考えるキッカケになりました。

私の父はもう他界しているので、
ありがとうって言うことはもうできません。
でも、改めて言いたいですよ。

私が生まれる前に母も父も夢をあきらめました。
ふたりとも元々ダンサーで、舞台で踊っていました。

私が生まれる前にダンサーを辞め、
雇われる仕事について、私と妹を育てるために、
朝から晩まで働き続けてくれました。

今になってわかるんですよ。
自分の目指していた夢をかなえるよりも、
私の存在を大切に思ってくれて、
一生懸命育ててくれたんだなって。

自分の親の自分に対する想い。
考えたこともなかった。

青天の霹靂を見たことによって、
考える機会をもらったわけです。
それだけでも、凄いことだって思います。

青天の霹靂は、本当にいい映画です。
もし、良かったら、映画館でご覧になってくださいね。

映画

福山雅治主演の映画 そして父になるを見て、育児をしている父親として思ったこと

私は、2人の娘を持つ父親です。
そして、2人の娘の育児を妻とともにしています。
娘から見ても、私は父親に見えるはずです。

と、ここから始めましょう。

映画「そして父になる」の主題は、父親とは何ぞやという部分から始まり、親と子供の関係というのは本当はなんなのかという事を、一度真剣に考えてみようよ、という是枝監督からの呼びかけに思えた。

福山雅治演じる父親の家庭は、もしかしたら、今の若い人たちが夢見るような生活を手に入れているかもしれない、ただそこには幸せに見えるけど、幸せとは程遠い、空虚な生活があるだけだというのを、映画冒頭で感じることができる。

エリートサラリーマン、残業と休日出勤の末手に入れた、下町の中に不自然にそびえ立つタワーマンションの高層階に、綺麗な妻と一人息子と住んでいる。
息子はピアノを習い、小学校は私立のお受験を受けている、まるでそれが当たり前のように。

妻も、表面上は文句を言わず、従順に父親に従ってはいるが、心の中の不満がたまっていて、精神的に張りつめている感は伝わってくる。
というのも、一人で息子を育て、自分には不釣合いではないかと思われるくらいの生活を手に入れてしまい、それに対応しようと、無理をしているのが、見ていてわかる。

そんな家庭に、幸せはない。
あるのは見せかけの幸せだけ。

6歳まで育てた子供が、もし、自分と血がつながっていないと突然わかったら

そんな、見せかけの幸せが続くと思っていた家庭に、大きな問題が投げかけられる。
あなたの息子は、生まれた病院でもしかしたら、取り違えがあった可能性があると。

そして、DNA検査の結果、生物学上、親子ではないという結論が出る。
そこから、見せかけの幸せは、崩れていく…

そんな風にして、物語は始まり、展開していく。

ここで、1つ考えてみる。
自分は生物学上、父親であると言える人は、多くいると思う。
イヌでも、ネコでも、人間でも、交尾した結果、子供が生まれた時点で、生物学上の父親にはなれる。

ここで考えるべき点は、あなたは生物学上の父親かもしれないけど、人間として、精神的に父親に成長していますかという事。
女性は元々、本能として母性があるうえに、子供を身ごもり、実際に生まれるまでの間に、充分に母親として学び、成長する期間がある。
また、生まれてからも、おっぱいをあげたり、世話をすることで、充分に母親として成長することができる。

この映画で、福山雅治の役、エリートサラリーマンの彼は、生物学上の父親ではあるが、残念ながら、父親に成長できていない、ただの男性です。

ここを勘違いというか、わかっていない男性が多すぎるのが、諸悪の根源なのである。

父親に成長できていない男性が、大多数の日本社会。
ですから、生物学上の父親ではあっても、精神的な成長がないから、ただの男性で、父親とは言ない。
その、父親に成長していない男性が動かしているのが、日本社会なのです。

ということは、母親の気持ち、子供の気持ちは斟酌できないくせに、なぜか、父親だとなぜか威張る。

映画の中では、6年間育てた子供と、血がつながっている生物学的な子供と、どちらを選ぶのかという選択が迫られる。
当然のように、育児をしていない、父親に成長していない、福山雅治は、二人の子供を同列に考えることができる。
なぜかって言えば、育児をしていない分、一緒の時間を過ごしていない分、子供に対する愛情が薄いからだ。

それに対して、専業主婦で子供を一人で悩み、あがき、苦労して育てた母親は、血がつながっていなくても、育ててきた6年間を捨てることなんかできない。当たり前の話だ。

自分のこと、自分に仕事のことだけに生きてきた男と、一生懸命、一人で子供を育ててきた、母親。
二人の意見が一致するはずがない。

この二人が、この先、ずっと幸せに生きていくには、福山雅治が父親に成長するしかない。
でも、なかなか、それに気づかない。

だから、この映画のタイトルは、「そして父になる」なのだ。

精神的に父親に成長するために、どうするべきか?

生物学上の父親は、動物と一緒で、人間的な父親ではない。
女に子供を産ませて、あとは、育ててじゃ、動物の父親と変わらない。
というか、動物だって育児に協力する父親はたくさんいる。

じゃあ、なぜ、日本の男性は、父親に成長できないのか?

仕事が忙しすぎるというのはあると思う。
朝から晩まで働いて、子供が起きている時間に家にいないとか、当たり前だったりする。
それなのに、子供を作る行為だけはできたりしてるので、ある意味不思議ではあるが…

まあ、それは置いておいて、男性が親としての意識は低いのは否めない。
特に、日本の男性は仕事さえしていればいいという風潮、雰囲気はあるので仕方ない部分もある。

ただ、だからと言って、その流れに身を任せて、自分を父親に成長させることをサボっている男性が、すごく多いのも事実ではある。

男性が人間的な父親になるためにはどうすればいいか、考えてみよう。

まず、男性には母性がない。
だから、親になる素質は、もともと女性より低い状態で生まれてくるのだ。

じゃあ、何でカバーしたらいいのか?

他の事例で考えてみよう。
例えば、プロ野球選手になるための素質も、体格もない人が、どうしてもプロ野球選手になりたいなら、努力するしかないよね。
素質がある人の何倍も、努力するしかないよね。

それと一緒ですよ。
もともと、親になる素質は、女性に劣るわけだから、女性以上に頑張るつもりで、育児しないと。
そして、それをカバーできるのが、時間です。

子供は、より多くの時間を過ごした大人に気を許します。
これは理屈ではなく、おそらく子供が持っている本能だと思います。

一緒により多く遊んだ、一緒に何か作業した、勉強した、など、一緒に過ごした時間に重きを置くのです。

じゃあ、男性はどうすればいいか?
一緒に遊びましょうよ。

仕事の日が無理なら、休みの日に、たくさん遊びましょうよ。
疲れたとか、任せたとか、面倒くさがるところじゃないでしょ。

父親に成長して、父親として、誰も変わることのできない、一生で一番大切な仕事を全うしましょうよ。
奥さんに任せて、子供と一緒に、子供のままでいるのは、止めましょうよ。

父親って、誰でもなれるものじゃないんですよ。
しっかり、学んで、成長して、その後にやっと父親になれるんです。

あなたの未来に、子供がほしいという願望があれば、また、もう子供がいるのなら、しっかり学んで、男性から、父親にレベルアップしてくださいね。

そして父になったと胸を張って、家族とともに嬉しい時間を過ごせるようになりましょうね。

映画 そして父になるは、子供はいるけど、父親になれていない男性、そんな旦那さんを持った奥さんが一緒に見るべき映画です。
地味ですが、一杯感じてください。たくさん考えてください。

父親とは何か?
親とは何か?

結論は、あなた自身が出しましょうね。